人類の社会脳

執筆中の本の一部ですが,フライングしてここで紹介しちゃいます。
6月頃,北樹出版さまから発刊の予定の『入門!産業社会心理学(仮)』のコラムの一部です。


人類の特徴は他の生物よりも体のバランス的に大きくて複雑な脳を持つことである。

脳は莫大なエネルギーを必要とする。
体重の2%あまりしかない脳が,多いときにはエネルギーの40%近くを消費している。
約百年前まで人類の寿命を圧迫していた死因の一つは飢餓だった。
現代でも飢餓に苦しむ地域はある。
哺乳類の中には,アリクイやナマケモノのように,餌の乏しい環境で生きるために脳をできる限り小さくしたものも居る。
その中で,人類が莫大なエネルギーを必要とする脳を進化させるということは,飢餓のリスクを上回るメリットがなければ起こりえない。

人類の脳はなぜにこのように進化したのだろうか?


この謎の一つの答えが社会脳仮説だ(Dunber,1992)。
この仮説によると脳は社会という複雑な環境をより有利に生き抜くために進化したとされる。
つまり,
“脳を進化させた人類が社会を作った”
のではない。
“社会によって脳を進化させられた人類”
が現代人であるということだ。

人類になってから特に進化した脳の一つが額(ひたい)の裏側に当たる前頭前野と呼ばれる領域である。
この領域は人類の脳の29%を占めている(なお,チンパンジー17%,イヌ7%,ネコ3.5%である)。

近年の脳神経科学は前頭前野には人の社会性を支える機能が満載であることを突きとめつつある。
この部位を損傷した患者の研究を通して,たとえば,
人の気持ちを思いやること,
他者に関心を持つこと,
社会的な文脈を理解すること,
怒りや不平・不満などの攻撃性につながる情動を抑えること,
など社会で生きるための心の機能に関わっていることが明らかになっている。

つまり,「人は,人と人の間を生きている」,ということが脳を通してより明らかになったと言えるだろう。

Dunbar R.I.M 1992 Neocortex size as a constraint on group-size in primates. Journal of. Human Evolution. 22, 469–493.