人類の非社会脳

またまたフライングして、執筆中の本「入門!産業社会心理学(仮)」のコラムの一部をご紹介します。

いやあ、人類って本当に面白いですね。
人に生まれて人を研究できる仕事に就けて、日々、感謝です。



人類の脳は社会的な機能が豊かであるが,果たして「社会的」なだけだろうか?

前頭前野と並んで私たちの気持ちや行動に影響が強い部位がある。
それは、脳のほぼ中心に位置する偏桃体で、恐怖や怒りといった情動(衝動性のある一時的で強い感情)の中心だ。
4~5億年も昔から存在することが知られている。

情動は瞬時に行動を決断しなければならない状況で迷わずに「生物としての生存」の可能性を高める優れた機能だ。

たとえば,
1)危険(恐怖の対象)から逃げる(flight),
2)邪魔するもの(怒りの対象)を攻撃・排除する(fight),
3)絶望的な脅威の前(悲哀の状況)で身がすくむ
(freeze:どうにもならない状況ではむやみに動かないことで結果的に難を逃れることがある。
恐竜時代の小型哺乳類を想像して欲しい。)


といった,扁桃体の3Fと呼ばれる機能がよく知られている。
この他にも快楽をもたらす対象への接近(喜び)などポジティブな情動もある。

偏桃体を獲得したことで他の生物に比べて当時の環境では生存が有利になったようで、偏桃体を持つ脊椎動物(魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類)は今日まで爆発的に発展している。

しかし、情動というシステムは社会が発生する以前の弱肉強食の環境で獲得されたので社会性に乏しい。

では,人はどのくらい情動に支配されているのだろうか。
近年の心理学研究では,少なくとも私たちが漠然と思っているよりも感情的に物事を判断したり,反応したりしていることが多いことが明らかになってきた(高橋・谷口,2002;関口ら,2014)。

また,平時の扁桃体は過剰に活動して社会性を失わないように前頭前野などによって強く抑制されているが(坂本ら、2010),強い刺激(ストレス)を受けて活発になるとホルモンの分泌などの生理的なシステムで前頭前野を麻痺させることもある。
すなわち,社会脳を機能不全に陥らせることもあるのだ。

人の脳の中では社会脳と非社会脳がお互いに牽制し合っている。
すべては社会という単なる弱肉強食ではない、より複雑な生存環境への適応を目指した進化の産物である。
どちらに支配され過ぎても、おそらくは人として偏っていく。
大事なことは、自分自身の、そして社会システムの社会脳と非社会脳の最適なバランスを見出すことだろう。