瞬説!【川崎市中一事件】集団心理で説明するニュースへの疑問-再発防止に向けた進化心理学の視点-

平安を願う一人の市民として,そして子どもを見守る一人の大人として,恐ろしくも悲しい事件が川崎市で起こりました。

事件としては急展開があり,今後の行方に日本中が注目しています。

 

私は心理学者としても報道に注目していますが,昨日の某局のニュース番組で事件発生を集団心理で解説していましたが,ちょっと無理があるように感じました。

https://newsoffice.mit.edu/sites/mit.edu.newsoffice/files/styles/news_article_image_top_slideshow/public/images/2014/MITnews_GroupMorality_0.jpg

 

まずは、30秒で集団心理学で説明できない理由を説明します。

集団心理とは周囲の人からの影響で個人の心や行動が影響を受けるメカニズムです。

事件現場に複数人がいたと報道されていますので,集団心理と解釈したくなる気持ちはわかります。

 

ですが,犯罪に結びつく典型的な集団心理とは

「仲間がいることで気が大きくなって(モラルや道徳が)どうでもよくなる」

「仲間に自己顕示したくて大きなことをしたくなる」

「仲間が刺激(事件)を望んでいる空気を察して」

「敵対勢力から仲間を守るために」

というのが多いです。

 

ニュースを見る限り,どれも該当する可能性は低いでしょう。

まず,事件前からモラルや道徳は関係ないと言わんばかりの暴行がありました。

次に,すでに仲間内では絶対的な地位にある人物が自己顕示する必要もありません。

「仲間」は刺激を求めていなかったという報道もあります。

(今後の報道では覆る可能性もありますが)

そして,被害者は仲間を脅かす威力もなく,ニュースによると当時は紛れも無く無力でした。

したがって,仲間を守るための事件でもありません。

 

少年犯罪・私刑・暴力=集団心理という公式でこの事件を紐解いていては事件の真相を見失います。

もう二度とこのような事件を起こさないために,正しく理解する必要があるでしょう。

 

私が提案する理解の鍵は進化心理学

日本ではあまり注目されていませんが,実は犯罪の背景に進化心理学のメカニズムが働いていることは非常に多いのです。

実はストーカー殺人などにもこの心理が働いています。

 

さて、ここからは60秒で進化心理学で理解するべき理由をご紹介します。

 

進化心理学の解説は後にして,まずはニュースを手がかりに経緯の要点を整理します。

 

■容疑者が被害者を暴行した

■被害者の友人たちが容疑者宅に謝罪を求めて押しかけた

(友達に慕われるいいヤツだったんですね…悲しいですね)

■加害者の両親が警察を呼ぶほどの騒ぎになった

(ここで警察が暴行事件の捜査をしていれば…と思うのは私だけではないでしょう)

□加害者が逆恨みした(被害者を「敵」と認知した)

■経過の中で「恨み」を晴らすチャンスが訪れた

□加害者がチャンスを行動に移した

 

ここで事件発生に至る2大ポイントは

「□」が付いている箇所、つまり、

◉「敵」と認知したこと

そして

◉行動に移したこと

の二つです。

 

実は動物(哺乳類)というものは

「恨めしい敵」に対しては

「情け容赦」をなくします。

 

「獲物」として見るようにもなります。

 

さらに、リベンジを避けるために

「敵を滅ぼすためなら、損失も厭わずに攻撃する」

という性質もあります。

 

そして,私たち人も、本当は哺乳類の一種です。

通常は人類として進化した心が動物的な心を抑えこんでいます。

普通の人の普通の状態なら、私たちは人として振る舞えます。

ですが、時として動物的な心開放されてしまうことがあるのです。

 

こうして「敵」に対しては

「死んじゃってもいい」

という心理を抱くのです。

 

なぜ、被害者が敵と認知されたのか、

なぜ、加害者は人類の心が機能しなかったのか

 

このプロセスを理解することが事件の鍵を理解するポイントではないかと思います。

 

特に加害者の心に関しては、これから様々な報道や鑑定がなされると思います。

注意深く見守りたいところですね。

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さて、ここからはこの事件を理解するための進化心理学の解説をしましょう。

ちょっと時間がかかりますが、人類の中の「動物的な心」を理解するのに役立つと思います。

 

上記のように哺乳類の多くは進化の過程で
「“敵”の殲滅(せんめつ)最優先!!」

という本能を獲得しています。

 

縄張り争いをする動物は自分自身が重症を負ってでも相手を滅ぼそうとします。

かわいいと言われるプレーリードックは縄張り争いのライバルを生き埋めにするまで攻撃します。隣の家族を襲って皆殺しにすることもあります。

立ち上がるプレーリードッグ

 

縦社会を形成しているミーアキャットのメスは他のメスの子どもをこっそり殺して子どもの「出世」を助けようとします。

 

 

敵を野放しにしておくと,いつやられるかわかりません。

食料が乏しい地域では,敵は自分の食料を食い荒らすかもしれません。

 

なので,

「敵はとりあえず滅ぼせ!」

という本能を獲得して,

心の中ではリスクや損失の回避よりも敵の殲滅が優先されるようになりました。

 

殺人はモラル・道徳としても悪いことですが,加害者自身の損失も大きい行為です。

ですが,この本能に支配されるとモラル・道徳だけでなく,自分自身の損失さえも無視してしまうのです。

 

しかし,私たち人類は進化の果てに滅ぼし合うことの無益さを学びました。

私たちは「敵」と思っても,その存在を許せる心の仕組みを進化の果てに獲得したのです。

これこそが人の脳の機能です。

「心の成熟」と呼ばれる人間性の一つで,この働きで現代の共生社会が実現しています。

 

人の脳は普通は10歳前後でまあまあ機能するようになります。

10歳を超えれば概ね人としての分別がつくというわけです。

ですが,意識していないと十分に働きません。

人によっては意図的に許し脳が働かないようにしていることもあります。

特に「敵」が目の前にいると思っているときは…。

 

この視点で事件を振り返ると…

 

被害者を「敵」と認知したプロセスと,

その事実が放置されたことが直接的な原因に見えるのです。

 

ニュースでは

「もっと早く大人が気づいていれば」

というコメントが多数ありました。

私もこの意見に同意します。

ですが,ニュースで経緯を見る限り,そのチャンスは本当にたくさんありました。

その中で「気づこう」という意思を持っていた大人がいたでしょうか。

人は見るものを選択する生き物です。

この世には意志がなければ「見えない」ことはたくさんあります。

 

多くの大人に「見えなかった」ことは何でしょうか。

それは,心の深層にある「“敵”の殲滅を願う本能」です。

 

進化というものは概ね上書き保存されるものですが(私は「上書き保存の進化」と読んでいます),脳と心に関しては違います。

脳と心の進化はバウムクーヘンのように上塗りなのです。

つまり「上塗り保存の進化」なのです。

表だけを見れば100%「人」に見えます。

ですが,深層には哺乳類として受け継いでいる本能が居るのです。

私にも,あなたにも。

 

人の奥底に「人ではない何か」がいる可能性は見たくないものです。

心理学者の私でも,正直,不愉快です。

ですが,見なければなりません。

人ではない何かがいることを知っているからこそ,「人である」ことを大切にできるのですから。

 

子どもは人としての上塗り部分が未成熟なので,私たちはそれを育ててあげなければいけません。

上塗り部分の薄いところ,破れそうなところ,そこを見ることも子どもに関わるためには必要です。

 

1993年にイギリスで起こった事件も本当に恐ろしく,悲しい事件でした。


英国史上最も残忍な少年犯罪、元少年の仮釈放が決定 - NAVER まとめ

 

今,18歳選挙権,18歳成人制度が議論されています。

これはこれでメリットもあると思いますが,

人は時に「人」として振る舞えない(振る舞わない)可能性を考慮して,人を育てる制度や施策も議論して欲しいと思います。

 

presented by Prof, Sugiyama

 

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杉山崇 Official Web Site

 

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